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父なる神への讃歌 A Hymn To God The Father



  私がそこから始まった罪 私自身の罪ではあるけれど
  わたしが生まれる前になされていた罪を あなたは許し給うだろうか
  私がそれによって生き 今もなお生き続けながら
  常に悔いている罪を あなたは許し給うだろうか
  だがあなたがそれを許し給うても 許されたことにはならない
  私にはまだほかにも 罪があるのだから

  私がほかの人をけしかけ 彼らにとって
  過ちのきっかけとなったような罪を あなたは許し給うだろうか
  私がここ一二年の間は避け得たものの 二十年もの間
  耽り続けてきた罪を あなたは許し給うだろうか
  だがあなたがそれを許し給うても 許されたことにはならない
  私にはまだほかにも 罪があるのだから

  その罪とは 人生の最後の糸を紡ぎ終えようとするとき
  この岸辺で死に絶えることを 恐れる罪です
  だから誓っていってください 私の死の床に
  あなたの御子が いつものように光り輝くだろうと
  そのとき始めて あなたは私を許し給うたことになる
  そのときこそ私には 恐れるものがなにも無いのだから


ジョン・ダン最晩年の詩とも、1623年の重病に陥ったときの作とも言われている。いづれにしても、自分の死を自覚しながら書いたのだと思われる。

この詩の中でダンは、罪を二重に捉えている。一つは人間として生まれたものが背負う現在、もう一つは死への恐れである。死を恐れる気持ちは、この世から消え去ることの恐怖であり、絶望である。人が絶望に陥るのは、神への信仰が十分でないからだ。神への信仰と、魂の不滅を確信していれば、人は肉体の死を恐れることはない。

初期の詩であれほど魂の不滅を歌ったダンでも、いざ肉体の消滅に直面したときには、惑いに陥る。この惑いをダンは、自分の密かな罪だと告白しているのである。








A Hymn To God The Father

  Wilt thou forgive that sin where I begun,
  Which was my sin, though it were done before?
  Wilt thou forgive that sin, through which I run,
  And do run still, though still I do deplore?
  When thou hast done, thou hast not done,
  For I have more.

  Wilt thou forgive that sin which I have won
  Others to sin, and made my sin their door?
  Wilt thou forgive that sin which I did shun
  A year or two, but wallow'd in, a score?
  When thou hast done, thou hast not done,
  For I have more.

  I have a sin of fear, that when I have spun
  My last thread, I shall perish on the shore;
  But swear by thyself, that at my death thy Son
  Shall shine as he shines now, and heretofore;
  And, having done that, thou hast done;
  I fear no more.






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