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死者の埋葬2:T.S.エリオット「荒地」



T.S.エリオットの詩「荒地」から「死者の埋葬」2(壺齋散人訳)

  このからみつく根っこはなんだ
  この砂利交じりのごみからどんな枝が生えるというんだ?
  人間の息子よ お前には言えない 見当もつかない
  お前が知っているのは壊れたイメージの山だけだ
  太陽が照りつけ 枯れ木には影もなく コオロギの声も聞こえない
  石はかわき 水の音さえしない
  この赤い岩がわずかな日陰を作っているだけだ
  (この赤い岩の日陰に入ってこいよ)
  そうすれば ちょっと変わったものを見せてやるよ
  朝日を浴びて後ろにひきずった影でもなく
  夕日と出会った影でもないもの
  一握りの灰を見せてやるよ
    サワヤカニ 風ハ吹ク
    故郷ノ方ヘト
    我ガアイルランドノ子ヨ
    ドコヲオ前ハサマヨッテイルノカ?
  「あなたが初めてヒアシンスをくれたのは一年前
  それからみんなにヒアシンス娘って呼ばれたわ」
  ―でも そのヒアシンス畑から戻ってきた時
  君が髪を濡らしながら 両手いっぱいにヒアシンスを抱えていたので 
  僕は口もきけず 目も見えず
  生きているのか 死んでいるのか わからないままに
  光の中心を 沈黙を 覗き込んだ 
  海は荒涼として空虚だった


この節の冒頭数行は、原注にあるように聖書からの引用。「人間の息子よ」は「エゼキエル書」2章1節、「こおろぎの声」は「伝道の書」12章5節から。

これらをきっかけにして、荒地の荒涼たるさまを表現しているのだと思われる。

「さわやかに」以下の歌の部分はワーグナーの戯曲「トリスタンとイゾルデ」から。アイルランドの王女イゾルデを船でコーンウォールに連れて行く途中、水夫たちが歌う歌。

ヒアシンスはギリシャ神話のヒアキントスを想起させる。ヒアキントスは誤って死んだが再び生き返ったということから、植物神の死と再生を象徴するものと言われている。

この節は全体として、荒地の荒涼とした様子を描きながら、そこに死と再生のイメージを重ねたものといえる。なお、ここでも語り手が自在に変化している。






  What are the roots that clutch, what branches grow
  Out of this stony rubbish? Son of man,
  You cannot say, or guess, for you know only
  A heap of broken images, where the sun beats,
  And the dead tree gives no shelter, the cricket no relief,
  And the dry stone no sound of water. Only
  There is shadow under this red rock,
  (Come in under the shadow of this red rock),
  And I will show you something different from either
  Your shadow at morning striding behind you
  Or your shadow at evening rising to meet you;
  I will show you fear in a handful of dust.
   Frisch weht der Wind
   Der Heimat zu,
   Mein Irisch Kind,
   Wo weilest du?
  "You gave me hyacinths first a year ago;
  They called me the hyacinth girl."
  --Yet when we came back, late, from the Hyacinth garden,
  Your arms full, and your hair wet, I could not
  Speak, and my eyes failed, I was neither
  Living nor dead, and I knew nothing,
  Looking into the heart of light, the silence.
  Öd' und leer das Meer.





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