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青い瞳(YEUX GLAUQUES):エズラ・パウンド |
エズラ・パウンドの連作詩「ヒュー・セルウィン・モーバリー(Hugh Selwyn Mauberley)」から第六の詩「青い瞳」YEUX GLAUQUES(壺齋散人訳) ジョン・ラスキが「王の宝庫」を出版した頃 グラッドストーンはまだ尊敬され スウィンバーンとロゼッティは あいかわらず罵しられていた フォーンのような彼女の頭が 画家や女たらしたちの なぐさみものだった頃 悪臭紛々たるブキャナンが声を荒げた バーン・ジョーンズの段ボール箱には 彼女の瞳が眠っていた 今ではテートギャラリーにいて コフェトゥアに騒ぎ方を教えている 彼女は沢の水のように希薄で うつろなまなざしをしていだ ルバイアートはその頃の イギリスでは歓迎されなかったのだ なかば廃墟のような顔から 鋭いまなざしが投げられる それは控えめに問いかけている 「ああ、かわいそうなジェニー」 彼女は困惑しているのだ 彼女の最後の男に 世間のみんなが何の 反応も示さないことに この詩はラファエル前派の画家バーン・ジョーンズの絵をテーマにしたものだと思われる。その絵の中の女性ジェニーはウィリアム・モリスの娘で、青い瞳をしていた。詩の内容からして、肉官的な女性だったのだろう。 |
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YEUX GLAUQUES GLADSTONE was still respected, When John Ruskin produced "Kings Treasuries"; Swinburne And Rossetti still abused. Foetid Buchanan lifted up his voice When that faun's head of hers Became a pastime for Painters and adulterers. The Burne-Jones cartons Have preserved her eyes; Still, at the Tate, they teach Cophetua to rhapsodize; Thin like brook-water, With a vacant gaze. The English Rubaiyat was still-born In those days. The thin, clear gaze, the same Still darts out faun-like from the half-ruin'd face Questing and passive .... "Ah, poor Jenny's case"... Bewildered that a world Shows no surprise At her last maquero's Adulteries. |
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