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雷が言ったこと5:T.S.エリオット「荒地」



T.S.エリオットの詩「荒地」から「雷が言ったこと」5(壺齋散人訳)

  ガンジス川が干上がり
  ひなびた葉っぱが雨を待っていると
  黒い雲が遠くヒマラヤを超えてやってきて
  ジャングルが沈黙のうちにかがみこみ背を丸めるや
  雷がこう叫んだ
  ダー
  ダッタ、捧げよ だが我々は何を捧げたか
  友よ 心臓を揺さぶる血潮だろうか
  あの大胆不敵な一瞬の情欲
  どんな分別も制御できぬ情欲だろうか
  情欲によってのみ我々は生きている
  死亡通知書に乗せられることもなく
  蜘蛛のつむいだ記憶の網にもひっかからず
  痩せた公証人が空っぽの部屋で開く遺言状にも
  記されることのない情欲
  ダー
  ダヤドヴァム、相憐れめ 私はたった一度だけ
  ドアの鍵が回転するのを聞いた
  我々は皆監獄の中で鍵のことを考えるものだ
  鍵のことを考えながら監獄にいることを確認するものだ
  ただ日暮れ時だけに 風聞のささやきが
  倒されたコリオレーナスを一瞬蘇らせる
  ダー
  ダミャータ、己を制せよ 船は
  熟練した船乗りには喜んで従うものだ
  海が穏やかな時には 心も喜んで従うものだ
  招かれるままに 弾み立って
  自分を導く者の手に従うものだ


この部分はガンジス川に雨を降らせる雷の言葉がストレートに語られる。ダー、雷の気合いの叫び、ダッタ、ダヤドヴァム、ダミャータは、それぞれ、捧げよ、相憐れめ、己を制せよ、を意味するサンスクリット語。エリオットはサンスクリット語に明るかった。

「私はたった一度だけ・・・聞いた」の部分は、ダンテ「地獄篇」からの引用「その時この恐ろしい塔の下の扉を、釘付けにする音が聞こえた(平川訳)」を参照せよと原注にある。

「己を制せよ」以下は、長い放浪の旅がようやく終わり、船が港に停泊するように、心が落ち着けるところに向かうさまを現している。






  Ganga was sunken, and the limp leaves
  Waited for rain, while the black clouds
  Gathered far distant, over Himavant.
  The jungle crouched, humped in silence.
  Then spoke the thunder
  DA
  Datta: what have we given?
  My friend, blood shaking my heart
  The awful daring of a moment's surrender
  Which an age of prudence can never retract
  By this, and this only, we have existed
  Which is not to be found in our obituaries
  Or in memories draped by the beneficent spider
  Or under seals broken by the lean solicitor
  In our empty rooms
  DA
  Dayadhvam: I have heard the key
  Turn in the door once and turn once only
  We think of the key, each in his prison
  Thinking of the key, each confirms a prison
  Only at nightfall, aetherial rumours
  Revive for a moment a broken Coriolanus
  DA
  Damyata: The boat responded
  Gaily, to the hand expert with sail and oar
  The sea was calm, your heart would have responded
  Gaily, when invited, beating obedient
  To controlling hands





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