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火の説教1:T.S.エリオット「荒地」



T.S.エリオットの詩「荒地」から「火の説教」1(壺齋散人訳)

  川辺のテントはこわれ 最後の葉っぱの切れ端が
  からみあいながら ぬかるんだ土手に沈んでいった
  風が音もなく茶色い地面を吹き渡り ニンフたちもいなくなった
  いとしいテムズよ 静かに流れよ 俺が歌い終わるまでは
  川面には空き瓶も サンドイッチの包み紙も
  絹のハンカチも 段ボールも たばこの吸い殻も浮かんではいない
  夏の世を忍ばせるものはなにひとつ ニンフたちもいなくなった
  ニンフの友達 市のお偉方のドラ息子たちも
  挨拶もせず いなくなってしまった
  レマン湖の水辺で 俺は座って泣いていたっけ
  いとしいテムズよ 静かに流れよ 俺が歌い終わるまでは
  いとしいテムズよ 静かに流れよ そんなにうるさくは歌わないから
  だが背後の方で 冷たい風にまじって
  骨のこすれる音が聞こえ 張り裂けた口から忍び笑いが漏れてきた


第三部の主題「火の説教」とは、仏陀の伽耶山での説教をさす(岩波文庫版岩崎宗治解説)。エリオットはウォーレンの英訳による仏教経典を読んで、この部分を着想したという。仏陀は人間の情念を業火にたとえ、そのからの離脱を説いたのが「火の説教である」。それ故、この節の主題は人間の情念ということになる。

冒頭ではテムズの光景が歌われているが、テムズの岸辺は恋人たちのランデヴーの聖地として有名であった。この部分は、恋人たちの去った後の、寒々としたテムズの情景を歌ったものだろう。

リフレーンされる「いとしいテムズよ」云々は、エドマンド・スペンサーの詩「プロサレイミオン」からの引用(原注)。

テムズの光景に突然レマン湖の思い出が混入してくるのは、この詩の中の常套手段たる、自由な連想のひとつ。






III. THE FIRE SERMON

  The river's tent is broken: the last fingers of leaf
  Clutch and sink into the wet bank. The wind
  Crosses the brown land, unheard. The nymphs are departed.
  Sweet Thames, run softly, till I end my song.
  The river bears no empty bottles, sandwich papers,
  Silk handkerchiefs, cardboard boxes, cigarette ends
  Or other testimony of summer nights. The nymphs are departed.
  And their friends, the loitering heirs of city directors;
  Departed, have left no addresses.
  By the waters of Leman I sat down and wept...
  Sweet Thames, run softly till I end my song,
  Sweet Thames, run softly, for I speak not loud or long.
  But at my back in a cold blast I hear
  The rattle of the bones, and chuckle spread from ear to ear.





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